最高裁判所第一小法廷 昭和50年(あ)1320号 決定 1976年3月12日
本店の所在地
東京都渋谷区代々木一丁目三〇番六号
法人の名称
(旧名 東邦開発株式会社)
コーポランド建設株式会社
代表者の氏名
井上博司
本籍
東京都大田区雪ケ谷町六三四番地
住居
同 大田区雪ケ谷町三丁目七番八号
会社社長
井上博司
(旧名 謝天得)
井上博司
一九二二年九月一二日生
右の者らに対する法人税法違反各被告事件について、昭和五〇年四月二三日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らから上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。
主文
本件各上告を棄却する。
理由
弁護人山分栄の上告趣意は、単する法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 岸盛一 裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三 裁判官 岸上康夫 裁判官 団藤重光)
昭和五〇年(あ)第一三二〇号
被告人 コーポランド建設株式会社
右代表者代表取締役 井上博司
(旧名 謝天得)
同 井上博司
弁護人山分栄の上告趣意(昭和五〇年九月二九日提出)
原判決は、法令の違反、重大な事実誤認、量刑の甚しい不当があつて、これを破棄しなければ著しく正義に反することを事由があるので、破棄せられるべきものと思料する。
(理由)
第一、法令の違反について
(一) 控訴審において弁護人は、被告人会社所有の土地は、いずれも宅地として造成分譲されたものであるから、その原価計算は、法人税第二二条第三項及び同項に関する国税庁長官基本通達(以下基本通達と略称する)二-二-二に従い見積り原価計算方式によるべきであるのに、一審判決が確定原価計算方式によつて右原価計算を行つたことは法令の解釈適用を誤つた違法があると主張したのであるが、これに対し原判決は「造成工事が長期間にわたつて施行され、工事完成前に分譲が開始される場合には当該事業年度終了の日までに債務が発生している工事費用のみならず、その後において債務が発生することが見積もられる工事費用を含めて算出することに合理性が認められると判示しながら「右計算方法が許されるには、当該法人が当該団地の原価計算につき現実に右計算方法を採用し、将来の工事費用の額を具体的に見積もつた場合には限定されると解され、しかも右通達は本件犯行年度から、五年乃至六年経過後の昭和四四年七月一日に施行されたものであるから、本件当時においては右通達に定める計算方式を、一般的な会計処理の基準と認めることはできないとせられ、更に本件関係各証拠によれば被告人会社は本件各犯行当時、所論の計算方法を採用せず、また将来の工事費用を具体的に見積らなかつたので、本件は所論の原価計算を行なう事案ではないから一審判決には所論の違法はない」と判示している。しかし右判示は以下に詳述する如く、法人税第二二条第三項第一号並びにこれに関する基本通達二-一-四及び同二-二-二についての解釈を誤り法令の適用を誤つたものであり判決に影響を及ぼすことは明白である。
(二) そもそも法人税法第二二条第三項は、法人所得の計算における損金に関する規定であり、売上原価、完成工事原価等については、収益に対応するものをその収益の計上された事業年度において計上すべしとする従来から形成された説務計算の原則を明確に規定したものである(元国税庁長官、大蔵次官、吉田二郎著実務篇五〇年版五〇頁参照)。
右法人税第二二条第三項第一号(損金の額に算入される売上原価等)に規定する計算の基礎となる費用は当該事業年度終了日に債務の確定していることを原則とするが(基本通達二-一-四、売上原価の確定)特殊な販売形態における損金計算の適正を考慮して「別段の定めるもの」を除外し、その特殊な形態の一として造成団地における分譲をとりあげ通達二-二-二を規定したものである。
そしてこの通達は「法人が一団地の宅地を造成して分譲する場合その分譲にかかる収益の額、及び原価の額、及び原価の額の計算については次による」と規定し「分譲が完了する事業年度の直前事業年度までの事業年度においては原価の額は工事原価の見積額によるべきであるとし、その見積額はその事業年度終了の時の現況によりその工事につき見積られる工事原価の額とする」としている。
この通達の趣旨は「一団地全体としてはまだ造成中であるが、宅地として完成した部分から分譲を開始している場合工事未完了部分例へば団地全体としての道路、下水、排水設備の如きものの工事費用を一部分譲する宅地の原価に配賦しないとその分の原価が異常に低いものとなり、その損益計算がゆがめられることになるのでこの不合理を是正するため、期末の現況による一団地全体の見積工事原価を分譲面積または、分譲価額に応じて配分する方法により、分譲された部分に対応する譲渡原価を計算することを認めたものである。(東京国税局統括官、田中喜男著法人税基本通達遂条解説五〇年版二二頁二三頁参照)
その規定の仕方は面積按分による見積原価方式を原則としているのである。
思うに、団地の造成販売を業とする者が、その候補地を購入するに当つては概算的にもせよ、利益の見積りをたてた上で用地を購入するのが通常である。そして右概算的見積りに引続き団地全般にわたる造成計画をたて工事諸経費を見積るのが、業者の常道である。本件の如き古い事案について書面による見積書がないからといつて団地全般にわたる工事原価の見積りを否定するということは相当でなく、この種業態の実情に著しく反する判断である殊に本件の如き 脱犯においては適正な所得申告をしなかつたからこそ犯罪を構成するのである。脱所得を把握するためには申告から脱漏収益を把握するとともに脱漏された費用をも把握することによつてはじめて適正な所得を確定し得るのである。公表帳簿に計上されたと否とに拘らず確定原価も見積り得る原価も該当する事実の有無により費用として認めなければ適正な損益計算はできない筈である。
原判決は法人税法第二二条第三項及びこれに関する基本通達の規定を曲解したものであり著しく正義に反し判決に影響を及ぼすべき法令解釈の違背があるものと思料する。
(三) 更に原判決は「右基本通達は昭和四四年七月一日施行されたものであり、本件犯行当時においては右通達に定める計算方式を一般的な会計処理基準として認められていない」と判示している。
しかし右基本通達は創設的なものではなく施行以前から一般的な会計基準として事実上一般的に処理されていたものを国税庁の執務基準として公表したに過ぎないものである。
原判決は斯る会計処理と税法の関連についても適正な解釈と認識を欠いている。
第二、事実誤認について
原判決は第一審が昭和三六年六月三一日以前における法人、個人の事業所得における所得率を一四・八七%と認定したのを、右所得率は九年という長期間の平均値であることを理由に相当であると覚任している。しかしこの点に関しては昭和四五年一一月二八日付控訴趣意補充書に詳述したとおり、被告会社におけるその後の事業年度の所得率は三七年度二四・三三%三八年度一九・一八%三九年度三五・五二%平均二六・七八%となつており、経験別上住宅事情の困窮度の高かつた過去に遡る程被告会社の利益率の高いことが推測されるに拘らず逆に所得率一四・八七%と認定したことは合理性を欠くものと認めざるを得ない。
この点について被告人井上博司は第一審公判において「販売価格は原価に対し、法人成立当時三〇%その後は二五%位の利益を加算して決定した」旨供述しており、この率を販売価格を基準にしてみると所得率としては法人成立時は二三・〇七%後者は二〇・〇〇%となる。前記昭和三七年七月以降の平均所得率二六・七八%とも併せ考察すれば、それ以前の所得率は少なくとも二〇・〇〇%はあつたと認めなければ合理性を欠くものと言わざるを得ない。然らば控訴審における弁護人控訴趣意補充書に詳述したように、簿外、社長借入金三〇、七三二、六〇八円、仮受金八〇、八四七、一二四円となり、第一審判決別紙八に掲記されている特別仮受金相当額は一一一、五七九、七三一円と認定しなければならないことになる。従つて社長の借入金勘定は二一、七四九、一五九円を加算計上されることになり、このように計上されれば被告人の脱税額は原判決で認定されたものより大巾に減少する結果とならざるを得ないのである。
してみればこの点で控訴判決はこれを破棄しなければ著しく正義に反する事実の誤認があることになる。
第三、量刑不当について
原判決はこれを破棄しなければ著しく正義に反する程に刑の量定が著しく不当である。原判決の量刑は甚だしく重きに過ぎるもので、被告人並に被告会社に対する諸般の情状を十分酎料していない。
(一) 事実が縮少すれば量刑も減軽さるべきである。
原判決が第一審の量刑を相当と認定した一つの理由は、法人税に関し四、三〇〇万円余の脱税の多額な点にある。しかし前述の如く正当な法令解釈、事実の修正をするならば脱税額は原判決の認定額より大巾に減少する訳である。本件では縮少された事実関係に即応して量刑も軽減されて然るべきである。
(二) 脱税の故意は軽度である。
原判決が量刑を重くした理由の第二は、実際の所得額の認識が十分であるのに、脱税の目的で部下に粉飾決算書類の作成をも指示した旨判示する。
しかし被告人には前科は全くなく帰化して日本人になつているが、従来台湾国籍で華僑総会の税務指導を受けており、犯行当時日本税制に十分な認識がなかつたものである。
本件事犯の動機も第一審検事も論告で言及しているように土地仕入に当つて地主から裏契約の強い要請を受けこれに応じなければ土地仕入も至難なため止むなくこれを容認したものであつて、被告人自ら積極的に税金を脱しようという強い犯意は存在しなかつたのである。その上被告人は簿外仕入を起さざるを得ないため社長の個人企業より得た自己資金を注入し、土地を造成してこれを売却後売上の一部を除外して自己資金の回収を図る行為を反覆するうち、何時しか会社資金と自己資金を混合するに至り、その区分を不明瞭としたのが本件の主要原因であつて決して計画的に脱税を意図したものではないのである。
(三) 再犯防止の措置
被告人本人尋問並に証人中里直吉の証言にもあるように被告人は犯行後深く反省し、再犯防止のため改善措置を講じている。即ち従来二、三名で経理事務を処理して来たのを昭和四二年七月、元仙台国税局調査査察聞員中里直吉を経理部長として迎え部員を一二名に増員してその組識の充実を図ると共に、事業遂行上一切の裏契約を廃止し、ガラス張りの明朗な経理処理方針を確立実施しているのである。
(四) 免許の取消
被告人は宅地建物取引業を主な営業目的とする被告人会社の代表取締役であるが、同社は個人的な色彩の濃厚な会社であつて、その営業活動並びに金融関係は総て被告人が担当実施しており、被告人個人の信用に依存しているのが実情である。
被告人が原判決の如く懲役刑に処せられると、仮令その刑に執行猶予の恩典が付されても、被告人が被告会社の役員であるため、被告会社の宅地建物労引業者としての免許は取消されざるを得ないのである。しかも右刑確定日後執行猶予の二年経過後、更に三年を経過する日まで経局五年間前記免許を取得できないのである。(宅地建物取引業法第六六条第一号、同第五条一項三号)
被告人会社は被告人の対外的信用及び経営的手腕があつて始めて銀行借入等が得られるのであり、被告人が被告会社の役員を去れば金融の道を閉ざされてしまい、その営業を継続しえない状態になる。更に被告人が造成予定地の選定、土地の仕入れ、造成計画その実施等を自ら処理しなければならない外、造成地建築家屋の販売についても自ら陣頭指揮をしなければ多額の税金を借入金によつて支払つた被告会社の多額の借入金返済もできず、被告会社は経営不振に陥り、やがては倒産に追いやられることは明らかである。その結果、被告会社に勤務する約五〇名の社員とその数倍に及ぶ家族はその生活の基盤を奪われる結果となる。
以上の結果を総合すると原判決が被告人に懲役刑を選択されたことはその刑重きに失しこれを破棄しなければ正義に著しく反するのである。
以上掲記のとおり、原判決には法令の解釈適用の誤り、重大なる事実の誤認、量刑の甚しい不当がありこれを破棄しなければ著しく正義に反することになるので敢て上告した次第である。
以上